卯の花饅頭

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 裏の菓子工場から、強い酒種の匂いがしてきた。本日最初の卯の花饅頭が蒸し上がったのだ。四角い蒸籠をいくつも重ねて店に運ぶサブの足音が、薄暗い窓の向こうから聞こえる。まどろみの中で、この足音を聞き、酒種と餡の混ざった甘ったるい匂いを嗅ぐと、ああ今日も無事に始まったと、私は不思議な安心感を覚える。

 私とサブは、おむつの時代からの幼ななじみである。こっちのほうが一年ばかり早く生まれたけれど、ぎりぎりの所で学年は一緒になった。でも、この一年の差は大きく、言葉も運動能力も、いつも私のほうが勝っていた。 だから、私がサブのことを「山下佐夫郎くん」と呼んだことはない。饅頭屋のおじさんが、息子である彼を呼ぶとおり「サブ」と短く呼び捨て、彼のほうもそれに不平を言うことなく三十年あまりを過ごしてきた。
 サブの家は『平楽堂』という饅頭屋で、店の看板饅頭が『卯の花饅頭』と呼ばれる酒饅頭だ。たいして珍しくもない饅頭なのに結構人気があって、朝早くから家族総出で饅頭を蒸す。
 平楽堂の工場の真裏にあたる我が家は、その酒種のむせるような匂いで目を覚まし、おじさんが小豆を洗う水音で眠りにつくという生活を、ずっと続けてきた。

 パジャマに半てんを引っ掛けた、だらしない格好で階下に降りると、私は禿びた歯ブラシをくわえ、洗面所の窓からサブの家を見た。 平楽堂の人たちは、無駄話もせず、もくもくとそれぞれの仕事をこなしている。
 おじさんは、太った体に飴色になった前掛けを張り付け饅頭を作る。おばさんが蒸籠に饅頭を並べ、火加減を調節しながら蒸していく。サブは、蒸し上がった順に蒸籠を抱え、店に運び出している。それは、寒い冬の日も、汗の流れる季節も変わらない。
 似たような環境に育ちながら、どうしてこんな働き者と、私のように口先ばかりのずぼらな人間ができてしまったのだろう。
 サブも私も商売家の子供で、親の働く姿を間近に見て育った。小学生の頃から、客は自分たちの生活を支える偉い人達なのだということを、体に叩き込まれていたような気がする。客が来ていれば、店の閉店時間など無いも同じで、夕飯が九時、十時になることだってあった。たった一枚のスカーフを売るのに、父は何度も頭を下げ、母は歯の浮くようなお世辞をくりかえす。
 私は、そんな生活が嫌でたまらなかった。いつだって、お客様第一の商売をする両親のことを、あまり好きではなかったと思う。客だって、私たちだって同等の人間ではないか。お金を払う側が偉いなんてことはない。心の隅に、いつもこんな思いが燻っていた。
 サブは、どんなふうに考えていたのだろう。 高校を出ると、サブはなにの迷いもなく、おじさんの片腕になった。それまでだって、配達も仕込みも学校のあいまに手伝い、彼の制服は水や粉でいつも汚れていた。教室で彼のそばを通ると、酒種のつんと鼻をつく匂いがあり、クラスメイトはそれをからかい、わざとサブを仲間はずれにしようとした。
 そんな生活、嫌ではなかったのだろうか。もっと小綺麗な暮らしをしたいと考えなかったのだろうか。
 餡を丸めて皮で包むなんて、機械を入れたらあっという間だと聞いたことがある。観光地の饅頭などは、サブたちが一個作る間に何十個もできるのだそうだ。でも平楽堂では、そんな近代化は夢のまた夢で、体中を酒臭くしながら卯の花饅頭を作る。
 趣向を凝らした和菓子というのなら、出来上がりの美しさに感動し、自分の才能に酔いしれることもできるだろうが、平楽堂の蒸籠の中は手作りの不格好な酒饅頭で、趣向を凝らすと言っても、兎の目のかわりにつける食紅の点ぐらいなものだ。だれがつけても大した差はない。
 現に、高校の夏休み、私はアルバイトと称して、サブの家で卯の花饅頭の目入れを手伝った。不器用なサブがやるよりも、手先の器用な京子ちゃんがやってくれるほうが、饅頭に品が出るとおじさんは喜んでいた。何日か続ければ、私はサブよりもうんと速く美しく饅頭を作れていたはずだ。卯の花饅頭には、その程度の重みしかない。
 あんなものに、どうしてこんなに一生懸命になれるのだろうー。
 がさつな音を立てて口をすすぐと、私は一つため息をついて階段をのぼった。

 窓の外が明るくなった。サブが車庫から出すライトバンのエンジン音に、私は大慌てで身仕度をすると、菓子パンをつかんで表に飛び出した。歯を磨いた後つい油断して、また、とろとろと布団の中で眠ってしまったのだ。 「毎度、お早いお目覚めで」
 サブがにやっと笑いながら言った。
 「目は覚めてたのよ。寝てろいうたって、サブんとこの饅頭の匂いかがされたら、誰でも目が覚めるわ。まったく近所迷惑もはなはだしいんやから」
 いつもと同じような悪態で挨拶を交わし、私はサブの車の助手席に乗り込んだ。サブは、荷台のドアを閉めると「行ってくるで」と店の中に声をかけ、伝票の入った薄っぺらい集金鞄を私に投げてよこした。
 三年前、隣町の営業所へ転勤になって以来、私は毎朝、こうしてサブを出勤の足がわりに使っている。母は、サブちゃんに悪いやないのと言うけれど、サブだってわざわざというわけではなく配達のついでなのである。
 それに、車の中で私は、サブがなぐり書きしたメモを整理し納品伝票を起こす。平楽堂ごときに、私のようなベテラン事務員はやとえるはずもなく、その報酬を思えば、毎朝の送りなどたいした事ではないと、私は思っている。
 「京子ちゃんのとこ、どうするんや」
 商店街の角を曲り、小学校の正門前で横断する子どもたちを待っているとき、サブが聞いた。
 「立ち退きのこと」
 「春までに言うたって、なかなか今みたいなところ見つからんしな」
 私やサブの家は、下町の古い商店街に面した借地の上に建っている。
 戦後、私たちの両親が田舎から出てきて店をはじめたときに、地主さんと借地契約をし、以後そのままになっているのだ。甲斐性のある人なら、とうの昔に土地を買って自分のものにしているのだろうけど、うちの父も平楽堂のおじさんも、人が良いだけが取り柄の人間で、名もなく貧しく美しい人生を歩んできた。
 このところの地価高騰から、地主さんも安い地代で人に貸すより、大手の不動産業者に売ったほうがいいと考えたらしく、半年ほど前から、私たちは立ち退きを迫られていた。 「京子ちゃんとこは、もう商売してないけん、立ち退き料もろたら、すぐ綺麗なマンションにでもかわれるやろうけど、うちみたいな商売じゃ簡単にはうつれんしな。ここでないとな…」
 住み慣れた土地を離れ、新しい町に移るのだから、立ち退きはたしかに大変な事件である。でも私は、そう悲観的には考えていない。新たなる旅立ちだと思っている。一生を一つの町にしがみついて生きるよりも、新しい世界を開拓して生きるほうが、どれほど楽しいか分からないではないか。
 子供の頃、サラリーマンの家の子が、親の転勤についてこの町を出入りするたび、私は、どんな町から来たの、今度はどんな所に行くのと、自分のことのように興味をつのらせた。 路地の隅の隅まで見慣れた町は、電池の切れたおもちゃのように、いつみても同じ色で、同じ方向しかむいていない。たまには、見たこともない極彩色の町で暮らしてみたい。いつも、そんな夢を見ていた。
 サブは、私と同い年でありながら、夢とか、希望とかとは持ち合わせないようだ。今度のことだって、新しい土地に行くのは嫌だけど、それじゃここに残れるように運動でも起こすのかと言えばそれもせず、ぐずぐずと愚痴るばかりである。
 もっとも、立ち退きのことに限らず、一事が万事サブはこの調子で、喋っていると、いつも私のほうがイライラして喧嘩になる。彼は男のくせに、ちっとも決断力がないのだ。 ただ、そう思いつつも、サブの悩みがわからないでもない。
 たしかに、サブの家から発せられる匂いは凄い。何年暮らしても、慣れることはないだろう。酒臭さが、うちの家の柱にまで染み付いている。ここの町の人たちなら、その匂いも生活の一部と思っているだろうけれど、新しい町では受け入れられるかどうか分からない。
 「親爺は、もう饅頭作るだけしかできんけん」とサブが言うとおり、職人肌の平楽堂のおじさんは、サブが店専従になると、早々に経営のことはサブにまかせ、饅頭作りに専念している。立ち退きがどうの、権利がどうのという話については、あまり頼りにならないだろう。
 はじめて立ち退き話が出たとき、サブは、いっそ饅頭屋をやめたらどうかと父親に言った。サブが、どこかの会社に勤めて、田舎に家を買って暮らそうと言うのだ。ところが、おじさんは、それだけで腑抜けのようになってしまった。
 おじさんにとって、饅頭作りの無い生活など考えられない。彼から饅頭作りを取り上げたら、そのまま朽ちてしまうのではないかと私も思う。
 だから、どうしてもサブは、早急に卯の花饅頭を作れる新しい環境を見付けなくてはならない。
 「ちゃんとした鉄筋の家にしたら、匂いも漏れんのと違うの」
 「饅頭は、そんな所では作れん言うんや」 「そしたら、工場は田舎のたんぼの真ん中にでもつくって、商店街に店だけ置くっていうんは」
 「そんなん、できるかいな。卯の花饅頭一個作ってなんぼの儲けやおもってんのや」
 そんなこと、私の知ったことではない。私は平楽堂の経営陣ではないのだ。ただの隣人で、どちらかというと匂いや騒音に迷惑をこおむっている側なのだ。サブの家の事情を充分承知の上で、あれこれ考えてやっている策なのに、サブはことごとく駄目を出す。私は、いいかげん腹がたってきた。
 サブの、こういうなんでも先を諦めたようなじじむさい考えは子供の頃からで、私は彼のそんなところも嫌いだった。

 小学校三年のときだったと思う。担任の若い女の先生が、お産のため隣の市の実家に帰ったことがある。
 子供の気持ちを理解してくれる先生で、みんな彼女を慕い、私たちのクラスの結束力は先生を中心に強く固まっていた。クラスマッチも学習発表も、とかく優秀なものにかたよりがちな他のクラスと違って、私たちのクラスだけは、全員協力体制が整っていた。
 ところが、担任のかわりにきた産休教師ときたら、なにもかも杓子定規に物ごとを決め、ひどいえこひいきをする。能力別に席順まで変えてしまう横暴さは、幼い心をひどく傷付けた。私たちは、産休教師と完全に対立し、担任の先生に直訴に行こうと話がもりあがった。
 最初に直訴を言い出したのは、私である。産休教師の勝手なやり方を許しておいてはならんと、意気盛んに弁舌し皆をまとめたのだ。 どういうわけか私は、人は平等でなくてはならない気持ちが強い子供だった。いつもお客様第一の家族を見て、それに反発していたからだろうか。とにかく何かあると、すぐに演説口調でみんなの取り纏めをし、平等とか権利を口にした。
 その日も私は、「私たちのクラスやのに、私たちのこと無視して、自分の好きなようにかきまわす先生を許しておいてええの。みんなは…」と、自分の口調に酔いながら話をしていた。まわりは、わずか九歳の子供達だ。クラスメイトは何の反論もせず、私の言葉に一様にうなずき、最後に「先生に言いに行こう」と声を揃えた。
 ところがである。話もまとまり、何時の電車に乗って、どんな風に先生に話そうと計画を立てているとき、サブが、ぼそっと言った。 「こんなんしても、無駄とちゃうか」
 サブの物言いは、子供というよりは近所の意気地のないおじさん風であった。
 まあまあ、そんなことせんと、ここは例年どおり丸くおさめようやー。商店街の寄り合いで、若い者がなにか新しいことを始めようと発言しても、すぐに話の腰を折る、あの手のおじさんだ。
 「そしたら、サブは今のままでええの」
 「そうやないけど…」
 サブの反対意見には、確固とした理由がなく、自分の意見を通そうとする覇気もない。そんなサブのたわごとごときで、私たちの正しい行動を起こすという高揚した心は、崩れるものではなかった。
 私を含めた有志五人は、土曜日の午後『クラス全員の意見』という作文を持って担任の先生のところに行くことになった。駅前では、まるで高校野球の選手見送りのように、有志をクラスメイトが取り囲み、励ましの言葉をかけてくれる。私の血は、ますます熱くなった。
 ところが、先生の実家に着き、なつかしい先生の顔を見た途端、私は「しまった」と感じた。
 私たちが訪ねてきたことに、先生は確かに感激してくれた。大きなおなかで動きは緩慢になっていたが、有志一人一人に声をかけ、丁寧に近況も聞いてくれる。だが、産休教師の件については、困ったように「どうしましょうね」と言うだけだった。そんなことを言ってこられても迷惑だという表情は、かくしきれるものではなかった。
 ほかの有志たちは、私に洗脳されていたから、すぐには自分たちの愚かさに気付いてはいないようだったが、私は商売人の子供だ。人の顔色など即座に読み取る技を知っていた。 「先生、あんな。川上先生いうたら、ひどいんやで…」
 子供っぽい表現で、先生に状況を訴える友達を見ながら、ああと溜め息が出てしまう。 先生は「みんなの言い分も分かるけど、産休の先生だって大変なのよ」と、ありきたりの言葉で私たちを諭した。そして、元気の出そうな歌などを唱和させて、子どもたちの気持ちをうまくはぐらかした。
 当然のように、私たちの行動は何の解決にもならなかった。今にして思えば、だだっ子が、自分の思い通りにならないからと、先生に告げ口に行ったにすぎないのだ。
 先生に貰ったお菓子を持って乗る、帰りの列車は惨めだった。クラスの代表として乗り込んだのに、何一つ進展せぬまま、袖の下を貰って帰るような後ろめたさもあった。
 「そりゃ、先生に言うたって、どうにもならんわな。サブの言うたとおりやったな」
 有志の一人がぽつりと呟き、最初にこんなことを言い出したんは誰だったけと話は進んだ。誰も、直接私をどうしようとは言わなかったが、それっきり話の輪に私を寄せつけないことに、私は傷付いた。
 先走りした私の迂闊さを攻める目に耐えながら、私はサブを恨むことで自分を慰めていた。あの時、サブがもっと具体的に何かを言っていたら、「そんなことはダメだ」と、強く反対していたら、こんな結果にはならなかったはずだ。サブは、私がこうなることを知っていて、わざと何も言わなかったに違いない。
 もちろん、それは、お門違いもいいところのこじつけなのだが、こうでも思わないと私の気持ちはおさまらなかった。
 自分たちの町の駅に着くと、ほかの有志たちは親が迎えにきていた。九歳の子供が、先生を批判するなんて大それた事をして、この先、どんなことになるかと考えていたらしい。どの顔も、心配でやつれていた。
 我が家は、店の仕事に忙しいようで、父の姿も母の姿もなかった。寂しさに胸が一杯になった。

 「サブが、本気で私をとめてたら、ああいう事にはならなかったんよ」
 昔のことを思いだし腹がたってきた私は、膝の上の納品伝票をびりっと引き破ってつぶやいた。
 「なに…」
 「なんでもない。ほんまに、あんたの字は汚いわね。読めんやないの」
 サブは、へっと癖のある笑いをもらすと、ハンドルを右に切った。ずいぶんと大回りだ。もう少しで、側溝に落ちるところだった。
 サブのハンドルさばきは、あまり上手とは言えない。信号の途中で突然エンジンが止まったり、坂道を転げ落ちそうになったこともある。それでも、なぜだか、私はサブの車に乗るのを嫌だと思ったことがない。
 自分だって運転免許は持っているくせに、サブの車に乗り「へたくそやね」とか「早く、行きなさいよ」と言っているほうが、安心なのだ。
 サブが利発ではなく、器用に物事を運べない人間である分、こちらも肩ひじを張ることがないからだろうか。
 いや、違う。サブといると、サブのひとつひとつが気になって、知らぬ間にほかの嫌なことを忘れてしまうのだ。
 あの日も、そうだった…。

 「京子ちゃん」
 子どもたちを迎えにきた父兄が引き上げた後、駅の売店裏からサブが顔を出した。いつもの薄汚れた姿だった。
 「あんたのせいで、こんなことになってしもうたんやー」
 私は、自分の寂しさを、全部サブにぶつけ、急ぎ足で歩き出した。サブは、黙ったまま私のあとをついてきた。私をなぐさめるわけでなく、気のきいた言葉をかけるでもなく、私が走り出すと一緒に走り、速度を緩めればそれに合わせる。うっとうしくなるほど、サブはそれを繰り返した。
 だんだん私は、運動神経の鈍いサブが、私の歩調に合わせようと苦労するのを見るのがおもしろくなり、彼をいたぶるように走ったり歩いたりしだした。そして、そのうち何に傷付いていたのか忘れてしまったのだった。
 不思議な奴やわ、サブって…。

 「京子ちゃん」
 「なによ」
 「着いたで」
 顔を上げると、今にも崩れ落ちそうなモルタル壁が見えた。私の職場である、日豊自動車日の出町営業所だ。
 私は書き終えた納品伝票の束を鞄に入れると、サブに押し付け車をおりた。
 「とにかく、サブがしっかりせんから解決せんのよ。立ち退き料ふんだくって、ええとこにかわる算段しなさいよ。あんたがしっかりせんかったら、どうにもならんやないの。私は知らんわよ。甘えんといて」
 捨て台詞と一緒にライトバンのドアを叩き付けるように閉めると、サブは、たよりなげな顔で溜め息をついてから、不器用に車を発進させた。
 放っては、おけんな…。
 営業所のドアに鍵を突っ込みながら、私はサブの顔を思い出していた。

        2

 私は、入社以来ずっと、この自動車会社の本社営業部で新車の配車係をしていた。白いオフィスで一日中コンピューターのキーを叩き続ける、たいして張りのある仕事ではなかったが、本社営業部といえば花形だ。
 それが三年前、上司に月末駆け込み登録のやり方に不満ありと一言いったために、こんなうらぶれた営業所の雑役事務員にされてしまったのである。
 会社のシステムに、平の女子事務員がいちゃもんをつけたのは前代未聞であると、課長からも主任からも叱られた。彼らを飛ばして、部長に談判にいったあたりが、彼らの気持ちをさか撫でたことも分かっていた。が、私は頭一つ下げなかった。いちいち手数をふんでいては間に合わないこともあるのだ。
 セールスマンの売り上げ競争は毎月繰り返される。一台の違いで大幅に給料の違ってくる彼らにとって、月末の一台がどんなに大切かも分かる。でも、その一台を押し込むために、私たち女子事務員は、月末の夜中近くまで、コンピューターのキーを叩き続けなくてはならなかった。
 主任も課長もセールスあがりだから、セールスマンの気持ちは十分くむ。事務員が少々無理をしたって、売り上げが上がればいいのだと臆面なく言う。つまり、だれかが部長に言わないかぎり、システムの改善など有り得なかったのだ。
 「私たち事務員は、あたえられた仕事はきちんと期限内にやっています。昼の休みも出社時間も、会社のだれよりも守っているつもりです。結局は、セールスさんたちの普段のルーズさが月末に皺よせられて、それが残業を引き起こすのだから、上層部はそこんところの管理をもっとしっかりしてください」
 私はいつもの調子で一席ぶった。言いながら、自分でもなかなかしっかりしたことを言うもんだと思っていた。あとあとどうなるかなど、その時は考えてもいなかった。
 ところが、会社の私への対応は、ここに似合わず見事という迅速さだった。たぶん前々から私は社内の要注意人物で、なにかあれば、どこかに飛ばす準備ができていたのだろう。 翌週には時期はずれの辞令がおり、電車もバスもないような不便な町の、貧乏営業所へ行くようにとの事だった。自動車会社に勤めながら、車も持っていない私へのあてつけであることは、すぐに分かった。
 この営業所には、美装会社のおばちゃんも後輩事務員もいない。朝はオイル缶のバケツで水を汲み、トイレからサービス工場の床掃除まで、私一人でやらなくてはならない。
 ショールームとは名ばかりの部屋にある日に焼けた応接セットの埃を払い、修理工さんたちの作業着をクリーニングに出し、でこぼこのアルミやかんでお湯を沸かす。
 着任当時は、あまりのみじめさにトイレで泣いてばかりいた。
 でも、今となっては、二十そこそこの小娘じゃあるまいし、この程度の嫌がらせで会社をやめるほど私はお粗末じゃないと思っている。それに、私の起こした反乱で、本社営業部の事務員たちの待遇が少しは改善された。 ここにきて最初の誕生日の時、後輩たちから『我らのジャンヌダルク』というメッセージ付きの花束が届いた。それで、私は泣くことなどやめた。むしろ、こういう幽閉は私の勲章であると思ったのだ。

 一時間ばかりの雑用がすんで、やれやれと新聞を広げると、うちの商店街のことが取り上げられていた。
 『…百貨店の進出は確実なものとなり、今ある商店街を吸収して公園のような街に作りかえるという構想を発表した…』
 そういう訳だったのかー。やけに気前よく立ち退き料を提示すると思ったら、不動産屋だけが動いているのではなかった。影の大物は、最後のところで顔を出すつもりだったのか。
 特別な産業もない私たちの町である。ほおっておけば衰退するばかりだ。けれど、こうやって核となる何かができれば、また発展もある。それならそれで、私たちの立ち退きも有意義なことかもしれない。
 かけた湯飲みでお茶をすすりながら、私はなんとなく納得してしまった。

 私の家は、十年ほど前まで、洋装雑貨を商っていた。昔は、それなりに得意客もいて繁盛もしたが、父には時代の流れについていくだけのセンスも財源もなく、店は次第に活気をなくし、父が亡くなったのを機に店をたたんだ。
 その頃、兄は勤め先の銀行から大阪の企業に出向社員として転勤中だった。大学も就職も、兄は私と違って、だれとぶつかることもなくすいすいと潜りぬけ、同期では出世頭と呼ばれていた。父が生きていた頃には、二代目は兄さんだよと言っていた母も、兄が仕事を止めてしまうのはおしいと感じたのだろう、私に店を継がないかと言ってきた。
 鼻っ柱が強く、企業の中では敵を作りやすい私が勤めをやめて店を継ぐのが一番だと母は言う。親戚のものも、京子ちゃんなら父さん以上の店にするでと私を持ち上げた。
 でも、私は商売をやる気など起きなかった。私のような気性では、とうていお客様を良い気持ちにさせることはできない。父や母のように自分の生活まで切り売って、店のために働くなんてできない。
 私が店を継ぐ意思がないと分かると、母は、自分一人ででも商売をやると言い張ったが、結局、兄がそれを止めた。女一人でやっても大した事はできないし、生活なら自分がどうとでも責任を持つ。我が家の商売は、この先続けるだけの価値はないよと兄は母に言った。 洋服屋が洋服だけを売り、洋装雑貨屋が小物だけを売る時代は終わっていた。すべてをトータルで売り、品揃えしなくては客など来はしない。
 母は、兄の言葉のすべてに納得したわけではなかったようだが、兄が結婚して嫁さんの手でも借りれるようになれば、事態はまた変わると踏んだようで、その場は兄に従う形で我が家は店じまいをした。
 それから暫くして兄は結婚した。だが、嫁さんの家に入り婿のような形で入り、店はそれっきり再開することはなかった。私は、あれが兄の意思表示だったと思っている。兄は声高に物を言う人ではないが、先を見る目だけはちゃんとしていた。商売には引きどきがあって、我が家にとって、それは父の死だったのだ。

 そんな訳で、私は今、母と二人で元商店だった家に暮らしている。戦後すぐに建てた木造二階建てに、兄が生まれたとき継ぎ足したちいさな離れがあるだけの安普請の家である。 立ち退き話が出たとき、私は、母と二人でもっと機能的で小綺麗な家に移り住むことができると喜んだ。商店だった部分をそのまま残した今の家は、住みにくいことこの上ない。玄関はなく、入り口を入ると、もと店だった、だだっ広い土間があり、その分、居間とか台所といった生活の基盤となる部分がせせこましくなっている。
 それに、商売もしていないのに、毎月支払う商店振興会の維持費というやつも頭にくる。うちとしては、アーケードの波板が少々外れても、水銀灯の球が切れても、さしたる支障はなかった。私にとって、商店街を歩く人たちは、ただの通りすがりの人で、客でも何でもないのだ。
 ーきれいな町になるんならええやないの。サブんとこの店なんか、地下室ででも饅頭作ったらええんやわー。
 荒っぽく新聞をたたむと、私は帳簿を出してソロバンを弾きはじめた。
 
 夕方、マフラーを巻いて、毛糸の帽子をかぶり、オーバーの前ボタンをきっちり閉めたところに電話が鳴った。
 「はい、日豊自動車、日の出町営業所です」 「…浅野…京子さん、いますか」
 おどおどとした話し方。受話器と口の間に何か置いたような声。サブである。
 「どちらさまでしょうか」
 「…山下です」
 「どちらの山下様でしょう」
 「・・・・・・」
 「サブやろ。電話する間があるんやったら、早く迎えに来てよ。おおかた帰るとこやったやないの。駅まで、三十分もかかるんよ」
 「う、うん…」
 五分もしないうちにライトバンが営業所の前に止まった。
 サブは、私の帰宅ごろ、配達でこの近所にいるときは必ず電話をかけてくる。本社にいた頃、夕方、会社の前にライトバンを止めて私を待つサブに、迎えにくるんなら電話してからにしてよと叱り付けたことがあった。若い女の子が何十人もいるところだったし、どうせ迎えに来てくれるのなら、もっとスマートな人が良いと思っていたからそう言ったのだ。あの頃は、サブのお出迎えなど、たいして嬉しくはなかった。
 でも今は違う。営業所のまわりで電話を探すくらいなら、表でクラクションを鳴らしてくれたほうが、どれほど手っ取り早いか分からない。ここは、まわりの目を気にして、呼び出してもらうほど、たいそうな職場ではなく、サブと行き違いになってしまうと、私は駅までのたんぼ道を、奥歯を噛み締めながら歩かなくてはならないのだ。
 「配達やなかったの」
 ライトバンに乗り込むなり私は言った。
 今日のサブは、配達用の防寒ジャンパー姿ではなく、胸のところに平楽堂とネームの入った白い上っ張りを着て、頭には四角い板前さんのような帽子をかぶっていた。配達の途中ではなく、店を抜け出してきたようだ。サブからは強い酒種の匂いがした。
 「今日、不動産屋がくるんや。代替地が見付かった言うんや」
 「どのへん」
 サブの答えた地名は、商店街からはうんとはずれた所で、とうてい商売には向かないと思える町だった。
 「そんなとこで商売できるの」
 「いや。そやけど、頭金が立ち退き料にみあう言うたら、そのへんになってしまう」
 サブは、不動産屋が提示した額と、新しい土地の値段を正確に言い、工場の移転費がいくらだの、店の設備費でどのくらいかかるのと喋り出した。
 私は聞きながらおかしくなった。なんとも情ない話なのだ。サブの言っている金額は、私の家の立ち退き料よりも低い。今まで、何度もあった話し合いのとき、彼は何を交渉していたのだろう。
 この町で商売をするものにとって、店を移転するというのは死活問題ではないか。これからの生活に困らないように、どれだけのお金が必要かきちんと話したのだろうか。
 「おじさん、それでええ言うたの」
 「いや」
 サブは、丸暗記した見積書の数字を言うのを止めた。
 「商店街を全部立ち退かせて、公園みたいな町にするんやってね。私、しらんかった」 「京子ちゃんとこは、振興組合の会議に出んから」
 「あんた、何もいわんかったやないの」
 「・・・・・」
 「公園に酒種の匂いは、かなわんわね」
 「そうやな」
 サブの返事は、あきれるほど素直だった。私は、その素直さに心底腹をたてた。
 「アホやね。そんなことある訳ないやないの。卯の花饅頭は、平楽堂の看板なんやろ。あの町の名物なんやろ。それやのに、なんで、そんなにおとなしくしてられんの」
 サブは、静かにハンドルを握ったまま「しかたないやないか」と言った。
 私は、「しかたない」とか、「流れる水に身をまかす」とか、そんな言葉で自分の未来を決め付けてしまう人間が嫌いだ。人間には、なんとかせねばならない時があるのだ。守らなくてはいけないものがあるのだ。
 「不動産屋、何時にくるんよ」
 面倒なことにかかわっては駄目だという思いとは裏腹に、口が先に動いていた。

        3

 女は無力だ。
 こんな私らしくもない思いで、私はサブの工場を眺めている。
 母屋とは別棟の、本当に粗末な平家建ての工場だ。屋根瓦が朽ちて、軽石のようになっている。外壁は、風雨に晒されあっちこっち禿げ、窓のさんだって痩せてしまって、風が吹く度にガラスは大きな音を立てて震える。 あの、どうしようもなく惨めな工場を、私は守りたいと思う。あの中で作られる、不細工な饅頭を守りたい。
 でも、私はなんて無力なのだろう。

 昨夜、私はサブの家で不動産とやり合った。 「こんなちゃちな金額で平楽堂を追い出そうやなんて、あんたら泥棒やね」
 最初こそ威勢は良かった。けれど、数字と法律をたてに、理路整然と喋る不動産屋に太刀打ちすることはできなかった。
 最後は、サブと一緒に、彼らの持ってきた見積書を覗き込み、うなずくばかりだったのである。
 「では、もう一度充分お考えになって」
 話すだけ話すと、不動産屋は実に紳士的に帰っていった。テレビでみるような、厳ついあんちゃんが弱者を痛め付ける風でもなく、慇懃なおやじというのでもなく、まったくどうしようもないほど紳士的な態度だった。
 不動産屋が帰ったあと、サブは、疲れた顔で見積書を見詰めては目をしばつかせ、二階で寝ている父親にどう伝えたらいいか、そればかり気にしていた。古い電卓で何度も計算し直し、もう少しどうにかならないかと考えているようだ。
 「サブの所のほうが、うちよりも土地やって広いのに、なんでこんな金額なんよね」
 「最初の借地契約が違うんや。京子ちゃんとこのおじさんは、先を見る目があったんや」 私の父に、そんな目があったとは考えにくいが、とにかく私の家は借地人の方が有利な契約で、サブのところはその反対なのだ。
 「京子ちゃんが言うみたいに、百貨店の中に販売所を持って、代替え地で饅頭作れって言われたんやけど、百貨店の家賃が、べらぼうなんや」
 階段下の一坪ほどのスペースを借りるのに、何十万もの前払い権利金が必要な上に、月々の支払いだって、私の月給全部でも足りない。日本って国は、お金を持っている者のところには、いくらでもお金が転げ込むシステムになっているらしい。
 でも、おかしな話じゃないか。この町は、いったい誰の町なのだ。
 道路まで張り出した八百屋の陳列台の上に、太った大根が積み上げられて、威勢のいい呼び込みの声がこだます。魚屋の店先にはアラを狙った野良猫がたむろして、今宵の夕餉を待っている。
 突っ掛けサンダルでも、ジャージ姿でも、たいした違和感もなく買い物ができ、寒い日には、平楽堂のほかほかの卯の花饅頭を懐に入れ、幸せな気分を持って家に帰れる。
 そんな平和でのどかな町を、何のために公園のような街にかえる必要があるのだ。
 そんなことのために、静かに暮らしていた町の人達は夜も眠れぬ毎日を送っている。見たこともないような数字に驚き、恐れ、なかには人間性まで変わったものが出たとサブは言う。
 私は、そんなことにずっと気付きもせずにいた自分が情なかった。自分の家のかたがつき、町が綺麗になるなら、それでもいいではないかと思った自分が愚かしい。
 「ありがとう、今日は京子ちゃんがおったけん、大分落ち着いて話が聞けたわ。いつも、なんやおどおどして、話の半分くらいは訳がわからんかったんや」
 私を玄関まで送ってきたサブは、彼らしくもないお上手を言い、おばさんにと言って蒸しなおした卯の花饅頭の包みを渡した。
 自分の無力さに打ちひしがれていた私を、卯の花饅頭のほんわりした匂いが優しく包み、涙が出そうになった。

 私にもっと財力があればー。いや、せめてお金を借りれる信用があれば、サブの事を見捨てたりはしない。
 でも、私にあるのは、手取り十七万八千円の給料の中から積み立てたわずかな結婚資金と、今回の立ち退き料だけだ。しがない女事務員に、人助けのお金を貸してくれる銀行などないだろう。
 「京子ちゃん。行くで」
 工場から配達用のジャンパーを引っ掛けたサブが出てきて、私に向かって手を振った。 昨夜のことなど忘れたように、サブは淡々とライトバンに饅頭を積み込んでいる。
 「アホやな」
 仏壇に供えてあった卯の花饅頭を一つ口に放り込むと、私は力なく階段を降りた。

        4

 年末の大売り出しが、町内最後の合同行事となった。この商店街が、来年には百貨店に吸収され新しい街に変身することは、すでに周知の話だったので、いつもの年よりも沢山の人出だ。
 勤め帰りに町を通ると、最近にない活気が商店街全体に溢れていた。
 これだけの人が、毎日来てくれていたら、商店街が衰退することもなかったのにー。私は、またもや、お門違いの憤懣を不特定多数の他人にぶつけている。
 なんて情ない人間なのだろう、私って。

 久々の大行事に、平楽堂のおじさんは気もそぞろで、毎日抽選場に監視に行ってしまうと、朝の車でサブがこぼした。饅頭作りだけしかできない職人だと思っていたが、おじさんも商売人だったのだ。この先、平楽堂がどうなるかは分からないが、おじさんにとっては最後の行事になるかもしれない。おじさんの好きなようにさせてあげなさいよと、私はサブに言った。
 「そうやな」
 「そうよ。景気が良いのが嫌いな人なんていないわよ」
 「おれは、饅頭配達してるほうが気が楽やけど」
 「そんなから、発展がないのよ」
 サブは、ハハと気が抜けたように笑い、そうやなと一人で納得していた。

 平楽堂のおじさんが、大売り出しの福引き抽選会場で倒れたのは、それから幾日もしない、暮れの二十八日の事だった。抽選場の張り当番で、吹きさらしの路地に座っていたのが良くなかったらしい。気分が悪いとしゃがみこんだきり、意識が遠のいてしまった。
 会社から帰ると、母が勇ましい割烹前掛け姿で、
 「隣が大変なことになったんよ。うちは平楽堂さんのかわりに抽選場行くけん、あんたは、すぐに山岡病院へ行ってあげてや」
 すでに用意してあった、おじさんの着替えやタオルの入った風呂敷包みを私に押し付けるように渡すと、母は久し振りの出番にはりきっている。
 正月用の餅も売る平楽堂は、今が一年中で一番忙しいときだ。おばさんもサブも、おじさんについていてあげることはできない。親戚といっても、うち同様、田舎から町に出てきたサブの家には、近くに頼れるものはいなかった。母のはりきり方は、少々不謹慎にも思えたが、だれかが手伝わないと平楽堂は大変なことになる。取るものもとりあえず、私は母から渡された荷物をもって山岡病院に走った。
 山岡病院は、このあたりで一番大きな総合病院だ。危ない病気は山岡へ行くのが決まりになっており、それ以外は、町内の内科開業医、橋本先生がすべてさばいていた。
 小児科も婦人科も、簡単な外科も、大病院にはない気軽さで診察してもらえるから、町内の人のほとんどが橋本内科医院の患者で、この町の人の病歴はそこに行けば全部分かるほどだった。
 平楽堂のおじさんも高血圧の治療をそこで受けており、仕事の合間の息抜きに「橋本先生のとこ行っとったんや」と薬袋をぶらぶらさせて戻ってくる姿をよくみかけた。
 でも、そこも先月よその町に移転してしまい、おじさんは薬を切らしては、おばさんによく叱られていた。そのたびに、おじさんは言う、
 「山岡にやか行っとったら、仕事にならんでないか。見てもらうまでに何時間かかるとおもてんのや」
 しかたなく、サブが配達の途中、郊外に移った橋本医院に回り薬を貰ってきていたのだが、それも、このところの忙しさで怠っていたようだ。
 こんなところにまで、立ち退きの皺寄せがくるとは…。私は風呂敷包みをかかえると、複雑な思いで山岡病院のエレベーターボタンを押した。

 三階の内科病棟の看護婦詰め所で、おじさんの病室をたずねると「お見舞いは駄目です」と事も無げに言われた。家族以外は合わせることはできないのだそうだ。
 「私、家族です」
 隣同士で、家族同様の付き合いがあって、家族の手が足りないから来たなどと、いちいち説明しても、こんなところでは受け入れられない。そういう手間は省くほうが良いに決まっている。
 「ああ、お嫁さんですか」
 「えっ…」
 返事に詰まる私に、ナースは口早に病室の番号を告げ、何か変化があったらすぐ知らしてくれるように言った。
 冷たい廊下の突き当たりが、おじさんの病室だった。『面会謝絶』のプレートが、中の様子の大変さをうかがわせる。白いドアをゆっくり押し病室に入ると、おじさんは酸素を送るチューブを鼻につけ、ベットでねむっていた。太い腕に点滴の針が刺され、頭の上の茶色い瓶から規則正しく薬が落ちている。
 短く刈り込んだ頭は、ほとんど真っ白で、赤い地肌が透けていた。
 父が食道ガンでこの病院に入院したとき、おじさんは毎晩のように見舞いにきて、新しく葺きかえるアーケードの話を父としていた。あの頃、おじさんが商店振興会の理事長で、父が新アーケード工事対策委員会の委員長だった。
 「全二郎さんがおらんと屋根ができんのや。がんばらないかんで」
 すでにお粥さえも喉を通らなくなっていた父のシャモのような手を握って、おじさんは何度も言った。父が、三か月と言われた命をひと月以上も延ばし、新しいアーケードの完成写真を見てから亡くなったのも、おじさんの励ましがあったからだと母は今でも言う。
 こんなちいさな商店街で、なにが理事だ委員長だと思っていたけど、あの頃の二人には、町をもりたてようとする覇気があった。商売人としては二流の二人だったけれど、精一杯頑張っていた。
 ー商店街を他人の町にしてしまったのは、私たちのせいかもしれないー
 ふと、そんな思いがよぎった。
 この十年で廃業した店は多い。ちいさなビルにたてかえて一階を人に貸したり、うちのように完全に商売をやめたり、商店街は歯が抜けたようになっている。
 父や平楽堂のおじさんたちが作り上げてきたものを、私たちはいとも簡単に捨て、合理的な生活を選んだ。そして、自分の選択を正しいと思っていた。
 ごろごろとタンの絡まったような鼾をかきながら、おじさんはどんな夢を見ているのだろう。舗装もされていなかった商店街の道に、カラータイルを張ろうと運動していたときのこと。最初の、アーケードとも呼べないようなテントばりの屋根を作ったときのこと…。 
 夜遅くなって、サブが息を弾ませながら病室に入ってきた。
 「ありがと、悪かったな。あとは、おれが看るけん。表に自転車置いとるけん、あれ乗って帰ってや」
 「ええのよ。どうせ、私は明日から休みやもん」
 サブの手には、まだ白い粉がこわばりついていた。明日の準備をし、手を洗うのもそこそこに、自転車を飛ばして病院にやってきたのだろう。
 おじさんの枕もとの丸椅子に座って、自分の膝頭に手を置いたまま、サブはおじさんの顔を心配げにのぞきこんだ。爪のつぶれた無骨な手は、やけに頼もしい。
 「サブの手、大きいな」
 えっと驚いたように、サブは自分の手のひらを表にしたり裏にしたりして見た。
 いつだってサブは、私よりも劣っていた。のっぺりとした、子供とおっさんを混ぜたような顔で教室の隅のほうにいて、欠席してもすぐには気付いて貰えなかった。
 本を読むのも、歌を歌うのもへたくそで、いつまでも、ちいさな体にランドセルばかり目だっていた。私は、彼を子分のように従えて、町を、学校を、我が物顔で飛び回り、なにか都合の悪いことがあれば、全部サブになすりつけていた。
 サブは、そんなことをされても、私から離れなかったし、自分の正当性を主張することもなかった。ただただ、私の後ろを一生懸命についてきている感じだった。
 しかし、今のサブは違う。
 いつのまに、こんな逞しい手になったのだろう。節の高い太い指、筋肉の盛り上がった腕、まさしく働く男の手だった。
 「おやじ、このまま目を覚まさんのと違うやろうか」
 しばらくおじさんを見ていたサブが言った。 「なに言うのよ」
 「商店街が変わってしまうの、見とうないんと違うやろうか」
 私には、返す言葉が見付からなかった。サブの思いは、私の思いでもあった。

 正月休みの間、私は毎日病院に通い、一日中、平楽堂のおじさんの看病をした。看病と言っても「点滴がなくなります」とか、「おしっこの袋が一杯になりました」とか、看護婦さんに知らせるのが用事くらいで、あとは本を読んで時間を潰す。
 病院は、自宅に帰った患者も多く閑散としていた。
 サブは相変わらず卯の花饅頭を作って配達をし、店の用事を大急ぎで終わらせると病院に来る。平楽堂のおばさんは、年末の仕事疲れが出て元旦から寝込んでいた。
 今日、丸新鮮魚店が引っ越したとサブが言った。丸新も代がわりして、私たちより三歳上の息子が店を継いでいたが、立ち退きを機に店をやめサラリーマンになる。
 「デパートに入るんは、どことどこ」
 おじさんの布団をなおしながら、私は聞いた。
 百貨店の名店街に、今の商店街用のスペースを提供することで、商店街と百貨店の間に話し合いがついたのだと、ラジオニュースで言っていた。だから、町のすべてがよそ者に浸蝕されてしまうのではない。私は、この話を聞いて、なんとなくほっとした。平楽堂のおじさんのように、町を愛するものには、他人の手による町の変身は、たまらないことだろうと思っていたからだ。
 「デパートに入るんは、てんぷら屋の天喜と松弥屋化粧品だけや」
 「そんなん、うちの町の人やないやないの」 どちらの店も、隣の市の大きな商店街の老舗で、県内のあっちこっちに支店がある。特に選ばれた、この町の商店と言うわけではない。
 「けど、ええんや。これで商店街の面子は保てたし、百貨店も嘘をついたことにならんから」
 今度の交渉が始まったばかりの頃、商店街は対策案として、商店街をそっくり百貨店の中に置き換える計画を立てた。今にして思えば浅はかな考えだけれど、都会から来た怪獣に、なんとか立ち向かうにはそんな難題を出すくらいしか思いつかなかったのだ。
 こんなことには慣れている百貨店は、「どうぞ」と言った。そして、そうなると、こういう権利金になりますと数字を提示した。
 平楽堂がそうであるように、この町で小さく商っていた者たちにとって、都会の百貨店の名店街出店権利金はべらぼうに高く、とても支払えるものではない。
 最初から、同じ土俵に上がれる相手ではなかったのだ。
 こちらが言い出したのに、一店も出店しないとなると格好がつかない。だから、たとえ天喜や松弥屋が純粋にここの出身でなくても、それはそれで良いのだとサブは言う。
 「京子ちゃんは、いつ引っ越すんや」
 病院からの帰り道、サブが聞いた。
 私は、兄や母と話し合って、今の職場の近くに中古のちいさなマンションの一室を買った。立ち退き料は頭金で消え、私の結婚資金と、兄の援助を入れこみ、残りは十年のローンにする。
 私には当分結婚するあてもないし、会社も定年まで止めるつもりはないから支払いはなんとかなる。母と二人で、無駄のない生活をすれば、商店街に住んでいたときよりも生活は楽かもしれない。
 「決まってないのは、サブんとこと、哲夫のスーパーだけなんやってね」
 「ああ、変なコンビやけど」
 サブの何かを含んだような返事に、私は苦笑いしてしまった。
 「なんで、あんたら二人が残ってしまったんやろうね」
 哲夫は、私たちよりも年上のくせに、いつも下級生と遊んでいるような子供だった。ぼんぼん育ちで、すぐ泣くから、同級生のいじめの標的にされていたのだ。
 スーパーのレジカウンターの椅子に座り、母親の後ろでめそめそする哲夫を見ては「情け無い奴」と思ったものだ。それでも、私は哲夫を見捨てておくことはできず「てっちゃんも、一緒にするな」と声をかけてやり、よく一緒に遊んだ。サブにしても、哲夫にしても、私がなんとか面倒を見てやらないと、地上から消えてしまいそうだったのだ。
 哲夫は、「小さい子とやか遊べん」などと言いながらも、鬼ごっこや探検ごっこなどという幼稚な遊びに歓声をあげた。こっちが高学年になり、そんなことにいい加減飽きてきても、哲夫だけは「京子ちゃん。探検ごっこせえへんか」と呑気なことを言っていた。あの時、彼はすでに中学生になっていたはずだ。 彼が高校を卒業して、大阪の私立大学に行くとき、私に自分の制服の第二ボタンをくれると言い出した。何のつもりかと聞くと
 「京子ちゃんは、いつも僕をかばってくれたけん。お礼や、記念にとっといて」
 そういうことなら、もっとこましなお礼の仕方があるのにと思いながらも、私は彼のボタンを貰ってやった。そして、だれからも祝福の花束を貰えない彼に、花屋のお買い得バケツから選んだ一束三百円のカスミソウの花束を渡した。ところが、それが思わぬ波紋を呼ぶことになった。
 「私と哲夫が、結婚の約束したって言うの」 卒業するものが、制服のボタンを下級生に渡していくのは、その約束の印なのだそうだ。サブがどこからか聞いてきて、
 「京子ちゃん、そんなに哲夫さんが好きやったんか」
 と、驚いたように言った。好きも嫌いも、私は、そんな習わしを、そのとき初めて知った。
 何の疑いも持たずボタンを貰った私も抜けているが、人の好意を逆手にとって、とんでもない噂を立てた哲夫のことを許せず、私は、彼が大学から帰ってきてスーパーの若旦那になってからというもの、絶対に彼の店で買い物をしなかった。
 サブは、あれは哲夫の純愛だと言ったが、私は男同士で、こんなふうに庇いあうところも嫌で、二人まとめて町内の駄目男と決め付けていた。
 でも今、町内で最後の最後まで戦っているのは、サブと哲夫だ。
 不動産屋も、私のように鼻っ柱が強く短気なのはすぐに落とせたが、サブたちのように何を考えているのか分からない人間にはてこずっているらしい。
 去年、私がサブの家で啖呵を切ってから、もう一か月以上立つのに、いまだにサブの家の立ち退き話の進展はない。
 「哲夫さんの所は、三年前に店を改築して、哲夫さんも張り切ってやってたから、気の毒や」
 「でも、こうなるのは分かってたんでしょ。構想は、だいぶ前からあったって」
 「構想なんか、何度も浮かんでは消えてるんや。こんなに急展開するとは夢にもおもわんかった。俺らの知らんところで、百貨店の調査班が動いてたんやろうな。あっちは金持ってるから、やる気を出されたら俺らはいちころや。まったく、腹たつで」
 自転車のハンドルを押しながら、サブは言う。
 気のせいか、このごろのサブの声は語尾まではっきり聞き取れ元気がある。言うことも、以前よりはずっと挑戦的になった。
 それに比べて私は…。自分の次のねぐらの決まった安心感からか、ちっとも血が沸いてこない。腹の立つことはたくさんあるのに、なるようにしかならないという諦めばかり先に立つ。どうしたことだ。
 私の家の前まで来ると、サブは自転車にまたがり「じゃあな」と言って、病院に戻った。 猪首からのびる肩の線が、若い頃の平楽堂のおじさんにそっくりだった。

        5

 とうとう、私がこの町を離れる日が来た。 引っ越し荷物を運送屋のトラックに積み込むと、私は住み慣れた我が家の部屋を一つ一つ見て回った。
 ところどころタイルが禿げて、黒く黴びた台所。踏むと、ぼこぼこする居間の畳。真ん中の磨り減った階段の踏み込み板。黒光りした手摺。なにもかもが体に馴染み、思い出があふれそうになる。家のことがこんなに愛しいと思ったのは、はじめてだ。
 二階の窓からサブの工場を見た。毎朝、あそこから漂う酒種の匂いに起こされ、心和ませていた。明日の朝、コンクリートの箱の中で目を覚ましたとき、私は不安に叫び出してしまわないだろうか。
 この期におよんで、いまさら何ができるものでもないが、私の心の中では、じたばたと後悔が暴れている。
 それは立ち退きの事ばかりではなく、簡単に店をたたんだこと、商店街の活動に消極的になった自分、大人になるずつ忘れてしまった心、をである。
 出入り口に鍵を掛けて表にを出ると、サブが卯の花饅頭の包みを持って立っていた。
 「なんもやるもんないけん」
 押し付けるように、私に包みを持たせると、サブは平楽堂の中に駆け込んだ。
 サブの背中に「送ってくれんの」と言ったが、サブは振り向かなかった。
 引っ越しトラックの荷台に座り、平楽堂に向かって小さく手をふった。水蒸気で曇ったガラス戸の向こうに、サブの影があった。
 商店街の角を曲りトラックが大きく揺れたとき、私は一番大切なものを落としてしまったような気がした。本当の距離よりもずっと遠いところに、私の生まれた町が行ってしまう。さびしさに膝の上の卯の花饅頭を抱きしめると、饅頭からサブの匂いがした。
 「サブ…」
 体の一番芯のところに、煮えたぎった湯が流れ込んだ。胸一杯にひろがる苦しいほどの悲しみは、この思いは、なんなんだろう。
 トラックに揺さぶられるたび、私の記憶が目を覚ます。
 言いたいことを言い過ぎて、クラス中から総スカンをくったとき、体育館の裏の跳び箱の上で私はいつも泣いた。泣いている姿なんか、だれにも見せたくは無かったから、そこで泣くだけ泣いてから家に帰るのだ。
 私の後ろで、サブはずっとそれを見ていた。励ましの言葉をかけるでなく、一緒に泣いてくれるでなく、ただいつまでも黙って立っていた。
 「あんた男やろ、なんとか言うたらどうなんよ」
 涙で汚れた顔で、私はサブに罵声を浴びせる。それでも、サブは「うん」と言うだけで、やっぱり立っている。
 泣きながら、私は感じていた。誰よりもサブが私のことを分かっていてくれることを。
 中学になって、私がバスケット部の部長に熱を上げたとき、彼に手紙を届けるのは、いつもサブの役目だった。何度出しても返事は来ず、私は柄にもなく落ち込んだりしたものだ。
 あの時も、サブは切ない溜め息をつく私の後ろに、いつもいた。
 夏のある日、サブが「京子ちゃん、明日の十時、松島公園や」と息を弾ませながらうちにやってきた。部長が私とデートしたがっていると言う。
 私は、サブの言葉をそのまんまにとり、精一杯めかしこんでデートにでかけた。それが、サブが身を呈して取り付けてきた約束とも知らずに…。
 私の好きだった人がサブに出した条件は、好きなだけお前をなぐらしてくれたら、浅野京子と遊んでやってもいいというものだった。 「あいつな、そしたら殴ってくれ言うんや。アホとちゃうか」
 私が持っていったサンドイッチを、むしゃむしゃと当たり前のような顔をして口にほおりこみながら部長はいった。
 サブが私に朗報を伝えにきたとき、たしかにサブの顔はいびつに腫れ上がっていた。どうしたのかと聞くと、配達の途中で自転車ごと転んだと言って、サブは切れた唇を押さえながら笑った。
 「まあな、あんなアホがおってくれんと、こっちの体も鈍るけどな」
 受験期を迎え、クラブで汗を流す時間も減ったので、たまには下級生でも殴らんとすっきりせんと話す彼を見ながら、私は、こんな人を一時でも素敵だと思った自分に腹を立てていた。
 食べかけの弁当を荒っぽく片付けると、私はサブのかわりに、彼のみぞおちに一発パンチを入れた。そして、うずくまりながらあっけに取られている彼に、おもいっきり言ってやった。
 「あんたなんかより、サブのほうが何千倍も素敵や。あんたみたいな人…、あんたみたいな人…、最低や」
 翌日。サブは何もなかったように「昨日、楽しかったか」と聞いた。
 私は、いつもの調子で
 「そらまあな。あんたといるよりはずっとたのしいわ。そやけど、ふってやったねん」 「そうか」
 サブは、ほっとしたように言うと、
 「京子ちゃんは頭もええし、顔もええから、もっとええんと付き合えるわ」
 偉そうにうなずきながら、私は、自分の中に芽生え出したサブへの気持ちを、ぎゅっと押さえこんだ。このままサブなど好きになってしまっては駄目だと思っていた。
 でも、あの時、もっと素直になってさえいたら…。

 「着きましたよ…。浅野さん」
 運転手の声に目を開けると。トラックが、止まっていた。知らぬ間に流れた涙が、ほっぺたのところでひからびている。
 荷台の幌から顔を出すと、ばっと明るい陽射しが私を照らした。正面の白いマンションの三階の窓から、母が大きく手を振っている。 ああ、さっきのは夢だったのか…。
 なんだか、頭が重い。こんな黴びたような夢を見て、いったい何の得があると言うのだ。ジーパンの後ろポケットに突っ込んであった軍手をはめると、けっと吐き捨てるように頭を振った。
 こんなことを懐かしんでる暇はない、私の新しい生活がここから始まるのだ。いったい何に迷っているのだ。
 たんぼの真ん中に立つ、四階建てのマンションは、太陽を浴びてまぶしく光っている。銀色のフレームの窓枠や、白いベランダ。凱旋門をおもわすようなアーチ型の入り口。気恥ずかしくなるような外観だが、私はこんな生活がしたくてたまらなかったはずだ。
 夢がかなったのだ。
 朝早く、兄の車でマンションに来て掃除をしていた母は、日当たりの良い南側の部屋を「私の部屋にするで」と、子供のようにはしゃいでいる。予算の都合で、天井や壁紙まで新品というわけにはいかなかったが、入れ替えたばかりの畳が清々しい匂いを放っていた。少々くたびれた女二人の生活には十分すぎる住まいだ。
 機能的に作られた台所や、清潔な風呂場。ベランダのある生活も、私にとってずっと憧れだった。鍵一つで、どこにだって出掛けられ、道側のガラス戸の向こうから、無遠慮に家の中を覗きこまれることもない。ここには、自由と快適さがある。
 早速、荷物を運び入れ、私は台所横のちいさな部屋の窓に、新しく買ってきたブルーのカーテンをかけた。部屋中に、生活感の無い染料の匂いがひろがる。
 いつもサブの工場をのぞき見るとき、視界にあった薄茶のカーテンには、卯の花饅頭の酒種の匂いが染み込んでいた。ずっしりと思い出を含んで、息苦しいほどの…。
 「京子、ずいぶんと荷物が少ないな」
 かけた湯のみの一つまで、思い出やからと持ってきた母が、気が抜けるほどさっぱりした私の部屋をのぞきながら言った。
 「無駄なもんは、全部、あっちに置いてきたんや。家と一緒にガガーっと片付けてくれたほうがすっきりするやろ」
 「あんたらしいな。あんたには情ってもんがないんとちゃうの」
 思い出にしがみついて生きることを、私はいさぎよしとしない。何と言われても、そうきめたのだ。

 『僕の家は、平楽堂と言います。昭和二十五年に、お父さんがお店を開きました。今は、お饅頭やお餅をお父さんが作り、お母さんがお店で売ります。僕も、ときどき手伝いますが、まだじょうずにお饅頭を作れないので、お父さんに教えてもらって、立派な職人になろうと思います。
         六年三組、山下佐夫郎』 小学校卒業の年、私はサブと二人で商店街の歴史という本を作った。一番最後に、二人のコメントを入れるようにと先生にいわれ、サブは稚拙な字でこんな事を書いた。
 私も、サブと似たような事を書いて、商店街の歴史を綴った本の最後を締め括った。いや私は、サブなどよりずっと立派な事を書いた。この先、町をどんなふうにもりたてたいか、店をどうしたいか。先生は、私の優等生ぶったコメントのほうを大いにほめた。
 昨日の夜、最後までその本を見ていた。鞄に入れ、これだけは持っていこうとも考えた。けれど今朝になって、私はそれを店の陳列台の上に置いてきた。
 饅頭屋になることに何の抵抗も示さなかったサブをあざけ、彼の意気地の無さに呆れ果てていた私は、それなら一体何を残しただろう。私が、あの町に残したものなど一つもないではないか。
 私が、あの本を持つ資格はないのだ。
 陳列台の上で、かさかさと音を立てるガリ版刷りの本は、私の腑甲斐無さを笑っているようだった。

 引っ越してしばらく、話の途中で商店街の話題がでるたび、「あそこにいても、知っとる人は、ほとんど引っ越してしもうて、昔みたいな近所付き合いもできんし、いっそ、だれも知らん町で気ままに暮らしたほうがのんびりできるで」と、私も母も、念を押すように言い合った。
 そうすることで、今の生活を肯定しないと、やりきれない思いが後から後から襲ってくる。 新しい住まいは、確かに快適で、隣近所との付き合いの煩わしさはなかった。けれど、私がでかけると、しんと静まり返ったマンションの中で、母は落ち着かないと言う。
 「なんかな、座布団の下が浮かんできそうなんや」
 私だって、寝付けぬ夜を過ごしていた。田舎のマンションは、夏になると草のさざめきやカエルの声に騒がしいのよと聞いたことがあるが、今の時期は、悲しいほどしんとしていて、自分の呼吸や血液の流れる音まで気になってしかたない。

 テレビでは、希望に満ちた新しい公園都市ができるニュースが花盛りだ。核となる百貨店が建つ辺りにあった、古い住居の取り壊し作業を映像がとらえ、『二十一世紀への街づくりは、着々と進んでいます』というテロップが流れる。
 ばらばらになった商店街の人たちは、どんな気持ちでこれを見ているのだろうー。
 私は、サブのことが気になっていた。おじさんのことも、おばさんのことも…。でも、私には、もうあの町を覗きにいく勇気はなかった。私が行ったところで、平楽堂を助けることはできない。心にもないことを言って、サブの弱ったところを傷付けるのが関の山だ。サブは、そんな私を怒りもせずに、京子ちゃんの声聞いて元気が出たわと、いつもの調子で返してくるに違いない。
 そんなサブの優しさを見るのは、今の私に耐えられそうにない。自分がますます惨めになるだけだ。
 わざと仕事を抱え込んで自分を忙しくし、私は町の最後を見れないように自分を追い込んだ。残業などする人間は、昼間の仕事をサボっているからだと言っていたくせに、毎日、職場の机にしがみつき、一人で暗くなるまで帳簿に書き込みをする。
 何人かの知り合いから、取り壊しの進む町を見にいかないかと電話があったが、そんな悠長なことをするほど暇じゃないと、私は断った。電話の向こうで、私の薄情さを嘆く声がしたのは分かっていた。でも、町の壊される姿を見てどうなるというのだ。あれは、もう私たちのものではない。私たちは、町を捨てたのだ。
 四月になれば、すべての契約が切れ、否応もなくあの町には巨大なブルトーザーが入る。戦後すぐに建てられた、バラックに毛の生えたような家など薙ぎ倒すのは簡単なことだろう。感傷にふけることなく事務的に家は壊され、瓦礫はトラックにつまれて、どこかの廃材置き場に捨てられる。
 泣いたって、わめいたって、その日は来るのだ。
 そして、その後には、夢の公園都市が生まれる。

 「京子。卯の花饅頭が食べたいな」
 三月最後の日曜日、テレビを見ていた母が、ぽつんと言った。
 目の前に、ほっこりとした酒種の匂いが漂ったような気がした。
 「隣で買うておいでな」
 「えっ」
 「もうすぐ三時やけん、店からお父さんも呼んでおいでな」
 「・・・・・・」
 心の奥で、がらがらと何かが崩れる音がした。
 母は、まだ六十五になったばかりなのだ。髪だって黒いし、足だってしゃんとしている。時間の前後が分からなくなるはずがない。
 「お母さん。お母さん」
 母の肩を強く揺さぶる私を、母は、どうしたのという目で見詰めている。
 「どうしたん、何を慌ててんの」
 「お母さん。私、今年でいくつになった」 「えーと」
 「三十三やろ。後厄やろ。嫁にも行かんと困る娘やろ」
 私の形相に母は迷惑げな顔をすると、またテレビに目をやった。面倒な事は考えたくないのよ。そう言っているようにも見える。
 老いは静かに、でも確実にくる。足音もたてずに、そっとそっとやってくる。母にも、そして私にも。
 隣にだれが住むかも分からないマンションで、この先何年暮らすことになるのだろう。私は一人になったとき、どうすればいいのだろう。背中に冷たいものが流れた。

 サブから電話があったのは、その夜のことだった。
 「今日、引っ越したんや」
 サブは、意外に明るい声で、さばさばと言った。哲夫さんも、県営住宅の近所に代替地を見付け、そこで店を開くことになったと言う。
 「サブは…、仕事はどうするの」
 「…来月から、サラリーマンや」
 「そう」
 「まったく畑違いでもないんや。パン屋の厨房やけん」
 おじさんの病状はあい変わらずで、おばさんも、もう働く意欲を失い惚けたように新しい家でテレビばっかり見ているとサブは笑った。
 「京子ちゃん…」
 「なに」
 「いや」
 「何よ。はっきりしなさいよ」
 「いや…。そしたら、またな」
 電話は、しばらくサブの息の音だけが聞こえ、静かに切れた。
 「サブ…。あほ…」
 私は未練がましく、いつまでも切れた受話器を握り締めていた。
 どうして、何も言ってくれないの、サブ。私は、こんなに寂しいのに、こんなに心細いのに…。

        6

 完全ではないが、公園都市の外郭が出来上がったとテレビニュースが伝えたのは、私がマンションに移って二年目の冬のことだ。
 街の真ん中に人工的な泉があり、緑があふれ、四季の花が彩りを添える。その向こうには、白く大きな百貨店が姿を現しつつある。 「お母さん。いっぺん見てきたらええわ。綺麗なんやってよ」
 母の病状は一進一退で、平常の生活には支障ないが、時折、昔の世界に入り込んで迷子になっている。
 病院の先生も、あまり、そのことを攻め立てたりしないほうが良いと言うので、母が時間の迷子になったときには、私もそれなりの付き合い方をしている。
 「京子。卯の花饅頭食べたいな」
 「今日は平楽堂お休みなんよ。さっき、前通ったらカーテンしまってた。おじさん旅行にでも行ったんと違う」
 「ほうか」
 ぼんやりと遠くを見詰める母は、この二年でずいぶん生気を失った。
 しかし、まだまだ体は丈夫だし、まったく違う世界に行ってしまったわけではない。症状の良いときには、私とやり合うこともできる。正気の母と話すとき、その時だけが、私が元の元気を取り戻すときだった。
 「京子、サブちゃんどうしてるやろね。ええ子やったな。あんた嫁さんにしてもろたら良かったんや」
 「いやよ。あんな男と結婚したら、一生イライラしどうしやわ」
 「そんなやから、サブちゃんみたいな、おっとりした子でないといかんのよ」
 「サブのは、おっとりとは違うわ。愚図で、鈍くて、とろくさい。人はええけど、それだけの人間やわ」
 頼りにしていた母が、はじめてボケの症状を見せたとき、私は自分の行く末にひどい不安を感じ、サブに何かを求めたこともある。でもサブは、私が期待していた行動は起こさず、私もサブに何も言えなかった。
 サブからは、あれっきり連絡がない。私のほうも、年賀状くらいは出したが、その他でサブに連絡を取ることはなかった。
 こういう縁だったのだ。私たちは、子供のときだけ強い絆で結ばれ、大人になると離れる運命にあったのだ。
 三十をすぎて子供卒業というのもおかしいが、ずっと親離れできずにいた私たちは、親の老いと直面したときに、はじめて大人になれたのだと思う。
 この二年、私は、現実というものを肌身に感じ続けたような気がする。それまでは、本当に自分が矢面に立つことなどなかったのかもしれない。自分の意思のままに、好き勝手を言えるのも、子供の頃の残り火だった。
 母を養い、自分の身を自分一人で賄うようになれば、世間に噛み付いてばかりはいられないことが分かった。
 私がやっと気付いたことを、サブはとうの昔に体得していたのかもしれない。今ごろは、腕の良いパン職人として、パン種をこねているだろう。太く大きな腕の筋肉は、前よりも、もっとりっぱになっているに違いない。

 春の人事移動で、私はめでたく本社に舞い戻ることになった。必要以上に仕事をすることで、心の迷いや寂しさを打ち消す二年間だったが、本社では、それを私の実績と受け取ってくれたようだ。まわりは長い不遇時代を乗り切ったと褒めてくれた。だが、私自身は、しんどいなあ…というのが本音だった。
 本社に戻って、また新しい仕事を覚えると思うと、なんだか面倒臭い。このまま営業所で慣れた事務をやっていたほうが、どれほど気楽か分からない。
 数年前の私なら、そんなことを思う自分に腹をたて、それをエネルギーに突っ走ったに違いない。人生は、自分で切り開くものであるというのが、私の信条だった。逆境という言葉が好きで、自分はそんな立場に立ったときこそ力を発揮できると豪語していた。
 ところが、今の私は、自分の足もとさえ良ければ、ほかのことなどどうでも良くなってきている。そして、新しいことに向かう意欲などすっかり萎えている。
 本社に戻るには、私の気持ちもさることながら、もうひとつ障害があった。母をマンションに一人おいて、一時間も通勤にかかる本社にいくとなると、今までのように銀行に行ったついでにちょっと様子を見に帰ったり、昼休みに食事の準備をしたりはできなくなる。 いくら体は丈夫といっても、ぼんやりやうっかりが多くなって、火の始末だって心配だ。かといって、母を見てもらう他人を雇えるほどの余裕は、私にはない。
 ー近所なんて、ないも同じやしなあ…。
 二年も暮らすのに、近所に親しい人は一人もできなかった。ここは、子供のいない若夫婦とか、一人住まいの人が多く、昼間はほとんどからっぽになってしまうのだ。
 兄に頼もうかとも思った。けれど、それはできないだろう。私と母が、このマンションに移るとき、兄は、ずいぶんと無理をして援助してくれた。両親の残してくれたものも、ほとんど私の名義に書き直してくれ、自分は嫁さんの両親をみなくてはならないから、申し訳ないが、母さんは京子が見てくれないかと頭まで下げたのだ。今更、頼みに行ける筋ではない。
 ー八方塞がりやな…。
 考えても仕方のないことを思い巡らしながら営業所の机を整理していると、くだらないものがたくさんでてきた。月なかの暇な時期に勉強しようと買った英語の独学テープや、私を左遷した上司への恨みを書きなぐったノート。ノートの中には、英語力をつけて、こんな安物の会社なんかやめるのだと書かれている。なんとも子供じみた事をしていたものだ。
 笑ってしまったのは、平楽堂の包装紙が数え切れないほどあったことだ。
 朝ご飯を食べ損ねたと言うとひと包み、配達の途中に余ったと言ってはひと包み、サブが私にくれた卯の花饅頭の数が、こんなになっていたなんて。それをまた、捨てもせず後生大事に持っていたなんて。
 一度はごみ箱に放り込んだものの、私はその束を拾い出して家に持ち帰った。
 「お母さん、なつかしいやろ。平楽堂の包装紙がこんなに出てきた」
 炬燵の上に置いた包装紙の束を見た途端、母は、旧知の親友にでも会ったような目をして、紙の折り皺を丁寧にのばしだした。ひとつひとつ、それは愛しげに。
 包装紙からは、今でも、あの酒種の匂いがする。母が広げた包装紙を重ねるふりをして両手に広げて顔を覆うと、なんだか涙が出てきた。あの日、あの場所にいたときには、自分の心をいつわってばかりいた。サブへの思いを口になど出したら、私の沽券にかかわると思っていた。でも、今、私はあの頃に戻りたくてたまらない。
 涙は、だんだんに大粒になり、そのうち、私は母の目の前だというのに大声で泣き出した。母は、私の心の内をすべて含んだように、背中をとんとんと叩き続けてくれた。

        7

 本社に戻った私に課せられた最初の仕事は、お茶のいれ方や、事務所の掃除の仕方などという、呆れるようなことを、新人類たちに指導することだった。
 十年以上前、私が悪戦苦闘したワープロや、オフコンなど、最近の子は学校時代にマスターして、爪を延ばした綺麗な手で事も無げに扱う。そのくせ、雑巾は絞れない、お茶の葉を急須にどのくらい入れたら良いか分からない。
 「へぇー、そんなふうにすると、お茶って色がつくんですね」
 こっちのことを馬鹿にしているのか、それとも本当に知らないのか、どちらにしても、彼女たちの「へぇー」をきくたび、私は胃が痛くなる。
 「お客様を応接室にお通ししたら、どの席に座っていただくか、それもちゃんと分からなくてはだめなのよ。お茶をお出しする順番も、おまたせする間の配慮も、全部、私たちの仕事なのよ」
 そんなことは、だれかに教えられなくても、自分で覚えていったものだ。こんな姑みたいな仕事に、どれほどの価値があるのだろうか。しかし、給与査定が今までより二段階もアップして、気持ちとは裏腹に私は仕事に励むしかなかった。
 一日に二時間だけ、母の相手をしてくれるおばさんを頼んだ。一日千円という契約だが、二十日来てもらえば、まとまった金額になる。たまには、お土産や、付け届けも必要だ。今の私は、会社に忠実に支え、お金をいただくしかない。
 似合いもしない、本社のピンク色の制服に身を包み、こまごまと人の失敗をつつく。そのたびに、私の背中側からオールドミスだのお局さまだの嫌な言葉が聞こえる。いつまで会社にいるつもりなのという目は、男性社員よりも、女子社員のほうから多く発せられた。 日に日に、私は同僚である女子社員たちを敵にしていっている。彼女たちの不出来を上司に報告し、嘆き悲しむふりをしている。
 なんと、つまらない人生だろう。今の私を見て、後先の事など考えず上司に噛み付いた意気のいい娘を想像する人はいないと思う。会社のコシギンチャクに成り下がり、定年までの日々を、なんとか無事に勤め上げることばかり考えているなんて…。

 春の連休明けの夕方、私は、発作的にタクシーに飛び乗った。自分の腑甲斐無さに疲れきり、会社を出た途端、商店街を見てみたくなったのだ。
 タクシーの運転手に古い商店街の名前を告げると、あれはなくなりましたよと言われた。 「公園都市っていうんです。綺麗ですよ。こんな田舎にはもったいないみたいな所や」 得意げに、新しい街を紹介する運転手には、何の悪気もない。そうとは分かっていても、私はだんだん不機嫌になり、上着の襟を立てて眠るふりをした。
 本当は、公園都市ができたことで、県下では忘れられそうになっていた町が光を増したことを、この町出身のものとして一緒に喜びあうべきだったのかもしれない。でも今は、街の自慢話など聞きたくない。誰からも言葉をかけてほしくない。
 しばらく暗い道を走り、オートバイのクラクションの音や、擦れ違う車の気配を感じながら、次第に近付いてくる変貌した商店街のことを思っていた。
 街の変わり様は、テレビで何度も見ている。毎週のように大きなイベントがあり、県下の人の流れが変わってきていることは確かだった。それでも、本物を見たって大して驚かないような気がする。人工的に作られたものは案外チャチで、がっかりするかもしれない。一年や二年で、何十年も続いた町が完全に変わってしまうとは思えなかった。
 その半面、私は、ひどくびくびくしていた。私は自分の故郷を捨てた。未練が全く無かったわけではないが、故郷は、私の事を薄情な女だと思っているだろう。私を恨んでいるかもしれない、私の顔など二度と見たくないとー。今頃になって、私が心を癒したいといっても、受け入れてくれないかもしれない。

 「お客さん、この先は車の乗り入れ禁止なんですよ」
 運転手の声に、私はゆっくり目を開けた。 「すごいでしょう」
 「・・・・・」
 目の前に、イルミネーション輝く星の街が見えた。正面にそびえるのは、まさに宇宙ステーションだ。人工的に作られた緑の公園の中には、七色に光る泉が沸き、風の方向さえも街が支配しているようだ。
 これが、私の町。私が生まれ、サブたちと一緒に我が物顔でかけまわったあの町。甘えれるような思い出は、何一つ残されていなかった。
 「二千八百円ですよ」
 呆然と窓の外を眺める私に、運転手は確かめるように料金を言った。
 「いいの」
 「えっ」
 「いいの…、このまま帰りますから」
 車を降りて煉瓦敷きの道を歩けば、私の中にある商店街の思い出が一瞬のうちに消え去るような気がした。一度消えれば、思い出すために手掛かりとするようなものは何もない。 窓を開け、もう一度だけ町を見渡すと、私はシートにもたれた。
 その時だった。
 かすかな酒種の匂いが、この街には不似合いなあの匂いが、鼻をかすめた。
 卯の花饅頭…。そうよ、卯の花饅頭の匂いよ。ずっと一緒に暮らした匂いだもの、私はこの中で育だったんだもの間違いない。
 財布から千円札を三枚つかみだし、投げるように運転手に渡すと、私はタクシーを飛び下りた。
 匂いに導かれるように街を走り、幾人もの人とぶつかった。血相を変えた三十女が、狂ったように走る姿は、この洒落た街には異質で、道行く人たちは不愉快そうに私を見ている。でも、そんな事かまっちゃいられない。 私が探していたのは、この匂いなんだ。卯の花饅頭のぬくもりなのだ。

 どのくらい走っただろう。息があがり、ベンチの背もたれに掴まって喘いでいるとき、泉のそばの裸木の根元で、古びた蒸籠を積み上げるサブを見付けた。
 白い作業着に四角い帽子をかぶり、後ろに止めてある黒く大きな自転車には、なつかしい平楽堂の煤けた看板がたてかけてある。新しい風景の中で、サブの立つその位置だけが、古い記念写真のようだ。
 湯気の立つ蒸籠の中に、白い饅頭を詰めるサブは、相変わらず寡黙でもくもくと働いていた。若い恋人たちが、珍しげに蒸籠をのぞきこみ、笑いながら卯の花饅頭を注文している。危なっかしい手つきで竹の皮に饅頭を包むサブの顔は、嬉しそうでも、楽しそうでもなく、無愛想この上ない。
 アホやな、お客さんに、あんな顔して…。
 「おじさん、いっつもここで饅頭うってんの」
 ショートパンツに、白いパーカー姿の女の子が、卯の花饅頭をほうばった口をもごもごさせながらサブに聞いた。
 「ああ」
 愛想のない返事で、サブは蒸し器の具合ばかり見る。
 「明日も来る」
 「ああ」
 「明日な。あっちの広場でコンサートあるねん。そこで店出したら売れるで」
 食べ終わった饅頭の竹皮を、ぽいと捨てると女の子は彼氏の首にしがみつくようにしてどこかに消えた。
 サブは竹皮を拾うと、折り畳んで、自転車の前かごにつっこんだ。
 老けたな、サブ…。

 「おじさん」
 客がとぎれたのを見計らって、私は、サブの背中から声をかけた。へっと振り向いたサブは、すぐには声が出なかった。
 「サブもおじさんなんやね。ということは、私もおばさんか」
 「な、何かあったんか、京子ちゃん」
 「サブこそ、パン屋はどうしたんよ」
 「…首になったんや」
 「嘘」
 「ほんまや、おれ、とろいからな。パンは、結構難しいんや」
 サブの顔は、野良犬みたいに私の後ろを付いてきた頃のままだった。
 「おれな。やっぱり、これしか作れんわ」 蒸籠の中から卯の花饅頭を出すと、サブは私のてのひらに乗せた。ほかほかとあたたかく柔らかい、優しい感触が、かさついた私の心にまで血を通わすようだ。
 「京子ちゃん」
 「なに」
 「いや…」
 「なんなんよ」
 サブがもたもたしてる間に、また、客が現れて饅頭をひと包みくれと言った。サブは上気した顔のままで饅頭を包むと、押し付けるように客に渡した。客は、少し酒が入っているようで、サブからの包みをきちんと受け取れず、客の手から取り落とされた包みは、地べたでほどけ、あたりに卯の花饅頭が転がった。
 「あらあら、申し訳ありません。すぐ新しいのを」
 私は、慌てて蒸籠をあけると、ぽんぽんと新しい饅頭を並べ、手早く包み直して客に渡した。
 「ありがとうございました。また、ご贔屓に」
 振り返ると、サブがほっとしたように顔を緩めた。
 「やっぱり、うまいな。京子ちゃんは、何をしてもうまいなあ」
 「なあ、サブ」
 「なんや」
 「私を、お嫁さんにせえへん」
 「な、なに言うんや」
 「あんたが一人でやってるの見てれん。もう不器用で、愛想なくて」
 しばらくサブは放心したように口をあけていたが、気がつくと真顔になって
 「ダメや」と、強く言った。
 「なんで」
 「京子ちゃんは、もっとええ人と結婚せえ」 「ええ人って、どんな人よ」
 「ちゃんとしたとこ勤めてる人や。なんでもできる奴や」
 サブは、私の視線を降り払うと、背中を向けて、あいた蒸籠を片付けはじめた。
 「サブ。サブは、そんなこと思ってたん。私が、そんな人、好きや思ってたん」
 私の言葉を無視するように、仕事を続けるサブの背中は丸く温かげだ。けれど、がんとして、私の言葉を受け付けない。こんなかたくななサブは見たことがなかった。
 「サブ、こっち向いてよ」
 叱り付けるように叫ぶと、私はサブの背中にむしゃぶりついた。すえた汗の匂いと一緒に故郷の匂いがした。いつも私を包んでいた、あの酒種の匂いだ。
 「サブ、私、さびしい。サブがいてないと、さびしいのよ」
 意地っ張りで、ええかっこしいで、から元気ばっかりで、私は、ちっとも可愛げのない女だ。けれど、いつだって、その裏にはさびしさがあった。そのことを分かってくれるのはサブだけだった。
 「京子ちゃん」
 振り返ったサブの太い腕が、不器用に私の肩を抱いた。どくどくと早打ちする彼の心臓の音が、私の耳元に響く。すっぽりと、親鳥の羽に包まれた雛のように、私は心安らげていった。このままサブのところに行きたい。子供の頃のように暮らしたい。

 「さぶろうさん」
 かすれたような女の声に、私は、はっと顔を上げた。サブの後ろに、地味ななりの四十がらみの女が立っていた。化粧っけのない荒れた肌や、無造作にくくった髪の毛が、やけにみすぼらしく、右の肩が少し下がっている。 私はサブを見上げて、知っている人かと目で聞いた。サブは、困ったように、私と彼女を交互に見た。
 「そろそろ片付けしようと思って」
 私に軽く頭を下げると、女は、蒸籠を自転車の荷台に積み出した。右の足が悪いらしく、歩くたびに体が大きく揺れる。
 「京子ちゃん…」
 サブの顔が、むずかしげに歪んだ。
 「さぶろうさん。私、先に帰ります。お父さんをお風呂に入れないかんから」
 女は、汚れた蒸籠を自転車に積み、看板を前籠にくくり付けて、何もなかったような顔をし、もう一度私に軽く会釈すると体を揺らしながら自転車を押していった。
 私は、その時になって、やっと気がついた。あれから二年もたっている。私だって、サブだって、まったく別の場所で別の人生を歩んできたのだ。どうして、サブが結婚していると考えなかったのだろう。サブが、いつまでも自分を待ってくれているなんて思ったのだ。 家も、職も失ったどん底のサブを支えたのは、あの人なのだ。体のきかなくなったおじさんや、年をとったおばさんの面倒を見続けたのは、あの人なんだ。
 遠い町で、自分のことを労ってばかりいた私なんて、結局サブに何もしてあげれなかったくせに、今頃になって、いったい何を言いにきたのだ。
 サブ、ええ相棒をみつけたやないの。あんたにしては上出来やわ。
 「あーあ、アホやな、私。変なこと言うてしもうた。サブやってよ、二枚目ぶって、おかしいわ」
 乾いた笑い声が、むなしく空に吸い込まれる。
 「京子ちゃん」
 「いつやったん、結婚式。あんた、連絡せんかったやないの」
 「式なんかしてへんのや。式やか、できるような生活でないけん」
 「いくつなん。奥さん」
 「三十八。パン屋におったとき、厨房の下働きしとったんや」
 実際の年齢より、ずっと老けて見えると思った。自分の身を構う時間など、今のあの人にはないのだろう。
 「そう…。大事にせないかんわよ」
 「うん」
 「そしたらな。また、卯の花饅頭買いに来るわ」
 右手を差し出すと、サブは、作業着のお尻で一度手を拭ってから、大事な物を持つように両手で私の手をとった。無骨で形の悪い指も、つぶれたような爪も、そして、ちっともスマートではない仕種も昔のままだ。
 ただ、変わってしまったのは、もうサブは、私なしでも生きていけるということだった。 私の心は、確かに寂しかった。でも、体の芯には、ほかほかと暖かいものがある。
 私の故郷は、なくなってはいない。どんなに姿を変えようと、私やサブや、町の人たちの心の中に生き続ける。きらびやかな街に、私の知っている穏やかな町が重なり、万華鏡のようにゆれた。
                 (了)



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